雑記

徒然なるままに

一般的常識と私の中のズレ


一般的常識とは一般的に過ごすことによって培われるものであり、そもそも家庭環境が一般的家庭から見て、一般的ではない家庭で育った子どもにその一般的常識が身につくか否か。答えは微妙なラインだと私は思う。


今はもう違うが、元々私のお家は農家だった。結構昔から農業をしていたためか、家が広かった。でも、私はそういった農家の家庭で育ったため、自分の家が広いという感覚が全くなかった。寧ろ自分の家のサイズが普通。というか周りというか遊びに行く家々が自分の家より広い農家のお家とか、それか畑なわけで、そんなところしか行ってなかったため、幼稚園あがって小学校の友達ができて、ようやく自分の家の大きさがおかしいことに気がつくんですね。マンションとか、一軒家とか、そこでようやく自分の中にあった一般的常識と他人の一般的常識の違いに疑問を抱き始めるんです。私の中でこれは一般的常識だけど、違ったんだなあって。そこで徐々に修正していった結果、所謂処世術というのが身についたような?気がします。上手く伝わらないですね。


例えたら、味噌汁の具にきゅうりとか茄子とかジャガイモ入れるの普通だと思ってたらそんなのいれねえよって言われて愕然とした、みたいな。恥ずかしい思いをした、んですよね。でも何ら恥ずかしいことじゃないのに、恥ずかしいんですよねえ…


色んな体験をすればそういったことに色々対処できるようになるんでしょうけど、極度の引きこもり症とそうやって積み重なってきた傷を吐き出せなくて、ちょっと捻くれ者になってしまったわけで、少し特殊だっただけなんですけどね、生き辛い世の中です。